2012年4月8日日曜日

微小甲状腺癌の頻度とその意味を考える:六号通り診療所所長のブログ:So-netブログ


こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は甲状腺微小癌の頻度と、
との意味について考えます。

まず、こちらをご覧下さい。

これは1975年のCancer誌に掲載された、
古い論文ですが、
今でもこの分野ではよく引用される基礎となる文献の1つです。

内容はどういうものかと言うと、
世界中の解剖されたご遺体より採取された、
甲状腺の全組織を、
2~3ミリ間隔でスライスし、
その中にあるしこりを分析して、
甲状腺癌の有無を調べたものです。
症例数は1167例に及びます。
年齢は10歳以上で成人層が主体です。

これまでのこうした研究の中で、
現時点でも最も大規模なものの1つです。
この中で仙台から提供された、
102例の日本人の甲状腺と、
ホノルルの日系人248例が含まれていて、
日本人の28.4%、
日系人の24.2%の甲状腺に、
癌の結節が見付かっています。

次をご覧下さい。

上記の文献で検討された甲状腺が、
何処の地域から得られたものかと、
その地域毎の癌の発見率を見たものです。
コロンビアの5.6%、
カナダの6%などと比較して、
格段に日本が多いことが分かります。
これは検体を同じ方法で全て検証しているので、
地域毎に発見率に差があると、
ある程度の実証性を持って言えるのです。

ただし、
これは甲状腺のご病気以外で、
亡くなった方のご遺体の解剖なので、
その死亡の原因や年齢の分布は、
実際には国毎にかなりの地域差があります。

コロンビアは圧倒的に、
若年層の解剖事例が多いので、
あまり比較にはなりません。
しかし、カナダとポーランドは、
日本とほぼ同一の年齢構成を示し、
ハワイの日系人は、
仙台とはかなり環境が違うのにも関わらず、
同様の傾向を示している、
という点からは、
矢張り遺伝的な何らかの素因が、
背景にあることを疑わせます。

ここまで読まれた皆さんは、
甲状腺癌というものについて、
どのような印象を持たれるでしょうか?


を行う側は、レクサプロから減少に影響を与える?

日本人の2割以上が甲状腺癌を持っていて、
その多くの方は甲状腺癌では亡くなっていないのですから、
何だ、甲状腺癌というのは、
癌という名前は付いているけれど、
別に怖がるような性質のものではないのだな、
甲状腺の癌の検診など、
しなくても良いのではないか、
とお考えになったのではないでしょうか?

皆さんのそのお考えは、
必ずしも誤りではありません。

しかし、ちょっと誤解があるのではないかと思います。

端的に言えば、
臨床的な「病気としての」甲状腺癌と、
甲状腺微小癌とを、
混同しているという誤解です。

ただ、僕は皆さんに、
もう少し正確な知識を持って頂きたいのです。
次をご覧下さい。

これは、
上記の論文で扱われた甲状腺癌の、
しこりとしての大きさを一覧表にしたものです。
この論文で扱われているしこりは、
基本的に1.5センチを超えない小さなものです。

甲状腺微小癌と言う場合、
実際には色々な定義があり、
時代と共にも変遷がありますが、
概ね現在では1センチ以下のしこりのことを言っています。

これは甲状腺を手で慎重に触って分かる、
ギリギリの大きさ、
というくらいの意味合いです。
しこりが硬ければ、
5ミリくらいでも触知出来る場合はありますが、
一般的には1センチを超えるくらいでないと、
確実に触れることは難しいと思います。

つまり、この時点で微小癌というのは、
診断の付かない癌、という意味合いです。

ただ、それは昔の話で、
今は超音波という武器があり、
それを利用すると、
概ね3ミリのしこりまで、
指摘することが可能です。
手術を行なう前の甲状腺癌の診断は、
甲状腺に針を刺して細胞を吸い取る、
穿刺吸引細胞診によるのが一般的ですが、
この大きさであれば、
こうした検査も可能となります。

つまり、甲状腺癌を大きさから考えると、
解剖しなければ分からない3ミリ未満の癌と、
超音波ではしこりと判断出来るが、
触診では分からない3ミリから1センチの癌、
そして触診でも分かる1センチを超える癌の、
3つに分けられる、ということになります。
勿論診断を行なう人間の手技や機器の精度によって、
この区切りは少し変動はします。


どのように抽出した歯に

その予備知識を持ってこの表を見て頂くと、
しこりの7割近くは、
実際には3ミリ未満である、
ということが分かります。

つまり、
実際に生きている患者さんで甲状腺癌と指摘出来るのは、
解剖で見付かった甲状腺癌のうち、
3割程度に過ぎない、
ということになります。

この解剖しなければ発見することの出来ない甲状腺癌を、
果たして癌と呼ぶことが適切なのでしょうか?

組織所見からすれば、
癌と呼ぶのが正確なのです。
小さいながらも、
癌細胞の集まりであることに、
間違いがないからです。

そもそも甲状腺微小癌が問題となり、
こうして解剖でも検証されるようになったのは、
数ミリの癌がリンパ節に転移することが、
確認されたからです。
つまり、小さくても、
時に転移する性質を持っているのですから、
それが癌であることには、
間違いがないのです。

しかし、これを通常の癌と同じように、
命に関わる病気と考えるべきかどうかについては、
疑問の点が多く残っています。

端的に言えば、
多くの微小癌は年月が経っても微小癌であり、
仮にリンパ節に転移はしたとしても、
そのために命に関わるようなことは、
実際には非常に稀なのです。

神戸市の隅病院は、
甲状腺疾患の専門病院で、
特に甲状腺癌を専門としていますが、
多くの甲状腺微小癌の経過観察を行なっています。

これは解剖ではありませんから、
そのしこりの大きさは、
概ね3~10ミリです。

2010年の報告によると、
そうして経過観察された340例中、
5年間で癌が増大した事例は6.4%、
10年間で増大した事例は15.9%で、
リンパ節の新たな転移は、
10年でも3.4%にしか認められませんでした。
そのうち109例は経過中に手術が行なわれていますが、
手術の事例を含めて、
死亡された患者さんは1人もいません。

つまり、1センチ以下の大きさの甲状腺癌は、
経過観察は必要な病気ではありますが、
発見した時点で即治療を要する、
という性質の病気ではありません。
その多くは極めてゆっくりとしか大きくはならず、
その悪影響が、
身体全体に及ぶ前に、
多くの人は別の原因で命を失ないます。


重炭酸ナトリウムは、体内でどのように速く吸収されますか?

臨床的な意味での甲状腺癌の発症率は、
概ね10万人当たり1.9~11.7人程度です。
これが治療を要する、という意味での甲状腺癌です。
その裏には、
超音波で発見可能な概ねその1000倍の数の、
甲状腺微小癌が存在し
(上記の論文の28.4%は、
報告上かなり多い数値で、
概ね他の報告は10%内外のものが多いのです)、
更にその数倍の数の、
解剖でしか分からない甲状腺微小癌が存在しているのです。

ここまでは事実で、
ここからは僕の推論が入ります。

上記の現象の意味するものは、
おそらくはこういうことです。

人間の身体においては、
甲状腺組織の癌化は、
非常に頻繁に起こる一般的な現象なのです。
よく癌は遺伝子の傷であり、
その多くは修復されるので癌にはならない、
というような言い方をしますが、
甲状腺組織の場合には、
あまり遺伝子レベルでは修復はされずに、
小さな癌の組織は、
すぐに出来てしまうのです。

しかし、その多くは本来の癌としての凶暴性を持つことなく、
稀に周辺への転移はしても、
おとなしい状態を保ちます。

それはおそらく、
別個に甲状腺癌を増殖させないような、
何らかの個体側の防御機構が、
働いているためと考えられます。

その癌を抑えているメカニズムが破綻する時、
臨床的な意味でも甲状腺癌が、
発症するのです。

解剖で発見される微小癌には性差はありませんが、
実際に臨床的に発見される甲状腺癌は、
中年の女性に多い、という明確な傾向があります。
この事実は、
全ての微小癌が同じように増殖するのではなく、
何らかの別の因子が、
その経過に関わっていることを示唆しています。

その因子が何であるかは、
現時点では不明です。
女性に多い点からは女性ホルモンの関与が示唆されますが、
男性にも同様の現象は存在するため、
それだけでは説明は出来ません。

この防御機構が明らかになれば、
全ての甲状腺癌を経過観察する必要はなくなります。
その防御機構が維持されていることさえ確認出来れば、
癌自体を治療する必要はないからです。
しかし、現状はそのことが分からないので、
「この癌は大きくならないよ」
と言うことはどんな専門家にも出来ないのです。
甲状腺微小癌が経過観察が必要である所以が、
この点にあります。


最後に、
混乱を招くため敢えて触れなかった点を補足します。

甲状腺癌には幾つかの組織型があります。
その代表は乳頭癌と濾胞癌です。
最初にご紹介した文献においては、
甲状腺微小癌の組織型は、
1例を除いて乳頭癌だったと記載されています。
隅病院の甲状腺微小癌の経過観察の報告も、
その殆どが組織型は乳頭癌です。
しかし、文献によっては2ミリ以下の甲状腺微小癌は、
濾胞癌が多い、という日本の報告があり、
この辺りはやや見解の割れている部分があります。
乳頭癌は濾胞癌と比較しても、
その悪性度の低い癌ですが、
甲状腺癌で最も悪性度の高い未分化癌は、
乳頭癌が変異して発症することを示唆する事例が、
複数存在します。
この未分化癌の予後は全ての癌の中でも非常に悪く、
その意味で甲状腺癌は命に係わる病気なのであり、
その未分化発癌のメカニズムが明らかにならない限り、
微小癌であっても、
慎重な経過観察は必要である、
という見解は変わらないのです。

今日は甲状腺の微小癌の頻度と、
その発症メカニズムについての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

(付記)
最初の記事には、
チェルノブイリ事故後の話を、
少し入れたのですが、
そうした推論は別にしないと誤解を招くとの判断で、
削除しました。
(2012年1月20日6時修正)



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